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のんびり気ままに、安らぎも忘れずに。
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「それは無理だ」
 大学寮の管理人室。
 切羽詰まった表情で訪れた娘に、私はきっぱりとそう答えた。

「でも……燈子さんは『見える』人だって」
「誰から聞いた、そんな話」
 訊ねるまでもなく、そんな中途半端で無責任なことを言う輩は一人しかいない。
 今日に限って姿を見せないその男の顔を思い出して、私は苦虫を噛み潰す。

 私は、人の記憶が見える。
 街の中や家の中、あらゆる所に人の記憶は落ちている。
 実際その力で、他人の落とし物を見つけたことも何度かある。
 そんなことが積み重なった結果、いつのまにか「篠蕪燈子は占いができる」だの「霊感がある」だのという無責任な噂が立つようになった。

 この寮で働き出して数ヶ月。
 寮生は誰も私の力のことを知らないはずだ。
 だから彼女にそんな情報を植え付けられるのは、一人しかいない。

「私は別に、霊感があるわけでも、幽霊が見えるわけでもない。だからその依頼には応えられない」
 彼女の依頼は、死んだ祖母を口寄せすることだった。
 言うまでもなく、そんな力は私にはない。
「大体、何でそんなことがしたいんだ」
 私の問いに、彼女が俯く。

 彼女の話はこうだった。
 数日前に亡くなった祖母の棺に、大事にしていた指輪を入れてやろうと考えたのが発端らしい。
 だが、祖母の部屋をいくら探しても、それは出てこない。そうこうするうちに、通夜の当日がきてしまった。
「明日のお葬式が終わったら、もう入れてあげることができなくなってしまうから、だから今夜中に……」
「なるほどな」
と私は頷いた。
「それなら……もしかしたら役に立ってやれるかもしれん」
 家の中に、まだ沢山残っているだろう祖母の記憶を見れば、判ることもあるかもしれない。
 私の声に、彼女はぱっと顔を輝かせた。

 結局、祖母の指輪が棺に入れられることはなかった。
 彼女が探し回ったそれは、彼女の部屋の隅に、祖母からの手紙とともにそっと置かれていた。

「へえ、そうなんだ」
 事の次第を聞いて、にこにこと笑う男を私は睨み付けた。
「大体、お前が余計なことを言わなければ」
「でもそのおかげで、喜ばれたんでしょ」
「…………」
 微笑む相手から視線を外し、私は溜息を吐いた。

 かくて今日も、滞りなく陽は沈む。
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