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のんびり気ままに、安らぎも忘れずに。
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「えー、やぁーだぁー」
不意に車内に響いた甘えた声に、私は先輩作家の最新刊から目を上げた。

珍しくも程良く空いた電車内、どこかの座席で若いカップルが自分たちの世界を作り上げているらしい。
「もぉー、何言ってんのぉー?」
甘えた声に、潜めた笑い声。
どうやら斜めひとつ前の座席のカップルがそれらしい。
私からは男の肩しか見えないが、彼らの真後ろ、通路を挟んで私の横にあたる座席に腰を下ろしたおばちゃん――もとい中年の婦人が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
私の前の座席に座った二人連れのサラリーマンに至っては、後ろからでも分かるほど完全に隣の座席を凝視している。
「やだぁー、エッチぃー」
くすくすという楽しげな笑い声。若い恋人達は、まわりの視線も気にならないらしい。
妙に浮ついてきた車内の空気もお構いなしに、甘い空気をまき散らしている。
「……若いなぁ」
社会道徳の退廃を嘆く気にもならないのは、呆れを通り越して感心してしまったからだ。
「――何だ、ああいうのやってみたいのか?」
不意にぼそりと、耳元で低い声が囁いた。
「アホか。あんなんおっさんがやっても寒いだけや」
「やってみなきゃわからないぜ」
「わかるっちゅーねん。アホ」
ぼそぼそと、決してまわりには聞こえない低音で交わすやりとりに、彼らのような甘さはない。
若い恋人達のように、人前で晒せる甘さなどない。
だがそれでいい。
私たちのそれは密やかに、時には苦みすら伴いながら、それでも二人肩を並べている。
くっと喉で笑い、火村は一層声を潜めた。
「ま、そんなもったいないことする気はないけどな」
潜めた声に、潜む艶。
「…………ほんまのアホやな」
一瞬空いてしまった間を、彼はどう理解しただろうか。
にやりと人の悪い微笑を浮かべる彼を、私は思いきり睨み付けた。
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BlogPetのとみぃ URL 2007/07/08(Sun)10:07:33 編集
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