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カタン、という音に、静佳はまどろみから浮上した。

「ありがとうございました。」
夫の声が聞こえる。時刻は午前1時。閉店時間はとうに過ぎている。
「……喉乾いたな」
小さく呟きながら、彼女は身体を起こす。
「よいしょ……っと」
大きな腹を下から支えるように、手を添え、歩き出す。出産予定日が間近に迫った腹部は、妊娠前に想像していた以上に重い。

細心の注意を払いながら、狭い階段をゆっくり下りる。
自宅と店舗を兼ねた秋野家は、階段を下りると、すぐ左手が厨房になっている。
カウンター越しに、夫の昭雄が店を片づけているのが見えた。
「お疲れさま」
声を掛けると、座敷席のテーブルを拭いていた彼が、ゆっくりと振り向いた。
「あれ、まだ起きてたの」
穏やかな微笑に、つられて静佳の口元にも微笑が浮かぶ。
「のどが渇いちゃって」
「そう」と頷いて立ち上がり、昭雄は静佳の下に歩み寄る。
「体の具合は?大丈夫?」
「うん、ありがとう」
本当に穏やかな人だ。口には出さず、静佳は思う。

刑事として毎日のように凶悪犯罪を追いかけていた頃、同僚に連れられてこの店に入ったのが馴れ初めだった。
自分の殺伐とした日常とは真逆の穏やかさに、いつしか彼に思慕の情を抱くようになっていた。
それでも、警官である自分には、平和な日々など望むべくもないと諦めていたのに。

「何?」
見上げる視線に気づいたのだろう、昭雄はゆったりと微笑んだ。
「何でもない」

無縁だと諦めていた平穏な生活が、今目の前にある。
この人と一緒になって良かった。
水を飲んだグラスをすすぎながら、静佳は思った。
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