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03.兄/弟(義兄/義弟)

 あてもなく家を飛び出して、一昼夜が過ぎた。

 夜の街道を少しはずれた草むらに仰向けになり、彼はぼんやりと月を眺めた。
「……。」
 今更ながら、置いてきてしまった弟のことが気にかかる。
 あいつは今頃どうしているだろうか。
「…………。」
 のろのろと、月に掌を翳す。
 暗くて見えないが、この手にはまだ血が付いているはずだ。
 赤い……紅い血。弟が何よりも嫌っていたのと同じ、紅い色が。

 あの時。
 彼が外から戻ってきたその時。
 小さな家のドアを開けた彼の目に飛び込んできたのは、今まさに手斧を振り上げようとしている母の姿だった。
 驚いて、彼が声を掛けようとするより早く、母が手斧を振り上げる。
 当然のように立ち竦む弟の姿が目に入った瞬間、考えるよりも早く身体が動いていた。
 幼い弟の命を救うためとか、狂気と正気の縁にある母を救うためとか、そんな題目は脳裏になかった。
 ただ、幼い顔に完全な諦めと覚悟と、えもいわれぬ悲哀を浮かべた弟の表情が、彼を衝動的に突き動かした。

 身を守る術のない母や弟を守るために置いていた刀を手に取ったのは、完全に無意識での行動だった。

 泣き叫びながら、母が手斧を振り下ろす。
 歳にそぐわぬ表情を浮かべ、弟が目を閉じる。


 そして。


 気付いたとき、既に母は床にくずおれていた。
 ぺたりと床に腰を落とした姿勢で、弟が彼を見上げている。
 流れ出した鮮血が、床に落ちた手斧を染める。
 彼はそのまま踵を返し、育った家を後にした。

 あの時母が手にした斧は、その日の昼間、彼が作業に使ったものだった。
 普段なら物置にしまうところを、何となく出しっぱなしにしてしまった。
「…………。」
 零れた水は元には戻らない。
 脳裏に浮かびかけた悔恨を握りつぶすように、彼は伸ばした手を握る。

 ただ、弟のことだけが心配だった。
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