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02.姉/妹(義姉/義妹)

 寒い日だった。

 彼は小さな手を引いていた。
「おにいちゃん、おなかすいた。」
 幼い妹のたどたどしい主張に答えず、彼はただ、その小さな手を引いて足を進める。
「ねえおにいちゃん」
呼びかけて、妹は彼をじっと見上げた。
「おなかすいたよ」
繰り返す幼い声にも答えず、彼はただ歩き続けた。

 どのくらい歩き続けたのだろう。
 いつしか妹が無言になっていたことに彼は気付いた。
「……大丈夫か?」
 衝動に突き動かされるまま、幼い手を引いて歩き続けた。空腹を告げる妹の声さえ耳を素通りしていた。
「あし、いたい」
 俯いた妹の声は、既に涙声になっていた。
 ようよう足を止め、彼は妹の前にしゃがみ込む。手近の倒木に座らせて靴を脱がせてみると、小さな足には痛々しい靴擦れとマメができていた。
「ごめんな、痛かっただろ。」
唇を噛む幼い頭を撫でてやると、堪えきれず、涙が溢れる。
「……っく、ぇ……っ、おうちかえりたい」
嗚咽混じりの言葉に、彼は妹の頭を撫でた。
「帰るところなんて、もうないよ。」
帰る場所など、彼らにははじめからなかったのだ。
「おじいちゃんのとこにかえろうよ。」
「おじいちゃんは、もういないんだよ。」
頭を撫でながら諭すように言うと、妹はしゃくり上げながら激しく首を振った。
「やー!おうちかえるのー」
「おじいちゃんはもういないって言ってるだろ!」
聞き分けのない妹に苛立ちを覚え、ついに彼は声を荒げた。
 急に怒鳴られた妹は、一瞬きょとんとした表情を浮かべ、次いで火の付いたように泣き出した。
「……ごめん。怒ったわけじゃないんだ。」
自分も泣きたいような気分になりながら、彼は必死で妹に語りかけた。
「おじいちゃんは死んじゃったんだ。だから、もう帰る家はなくなっちゃったんだよ。」
 くり返し、くり返し。彼は噛んでふくめるように妹を諭す。その声音に、徐々に嗚咽が治まっていく。
「……どこにいくの?」
 やがて、妹がそう訊ねた。おそらく状況を理解したわけではないのだろう。
 それでも、自分たちが家に帰らないことは分かったようだ。
「どこか、二人で暮らせるところに。」
 それは、彼自身も幼いことの証だった。
 子どもが二人きりで生きていける場所がどこかにあると、彼自身、本気で信じていたのかどうか、今となっては分からない。
「お腹空いただろ、これをお食べ。」
 家を飛び出すときに持ち出した僅かな菓子のひとつを差し出すと、妹はしゃくり上げながらそれを平らげる。
「歩ける?」
彼の問いに、妹は一瞬首を横に振りかけたが、すぐにその動きを止めると首肯した。
「……そう。無理はしなくていいよ。」
 幼いながら彼を気遣ったのだろう、妹の気持ちを思うと、申し訳ない気持ちと同時に、どうあってもこの小さな手を守らなくてはならないという気持ちが生まれる。
 この子は、自分が守っていく。
 その決意を胸に、彼は再び小さな手を引いて歩き出した。


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