忍者ブログ
のんびり気ままに、安らぎも忘れずに。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 カラン、と涼しげな音を立てながら、溶けた氷が崩れた。
端から薄めに入れた水割りは、嵩を増すとともにすっかり薄まって、琥珀色どころかほとんど水だ。グラスの表面を伝う水滴が、コースターを濡らしている。
「成ちゃん、そこで寝ないでよ。」
「わかってますよぉ……」
「わかってないでしょ、ちっとも。」
こっくりと船を漕いでいる――カウンターに突っ伏していないだけ、まだマシか――成川に、静佳は溜息を吐いた。


「何だ、成川君はまた潰れてるの?」
奥から苦笑混じりに顔を覗かせたのは、夫の昭雄だ。座敷の客が注文した出汁巻きとモツ煮込の器を持っている。
「つぶれてませんってばー」
まだ辛うじて、こちらの言葉を聞き取れる状態らしい。常の彼からは想像できない間延びした声で成川が返したが、その瞼はといえば、かれこれ5分ほど前からほとんど閉じたままだ。
「毎回、うっすい水割り一杯で潰れちゃうんだから。」
 昭雄から受け取った料理を座敷に運んで戻ってくると、成川はついにカウンターに突っ伏してしまっていた。
「こら、寝るな。営業妨害で訴えるよ。」
呆れ顔で静佳は呼びかけるが、うーともあーともつかない唸り声が返ってきただけだった。

 静佳は数ヶ月前まで、警察官だった。もともと常連だったこの店の主人と1年前に結婚したあとも刑事課での仕事を続けていたが、妊娠を機に退職して夫の経営するこの店を手伝っている。
「まったく。そろそろ利文にも文句を言った方がいいかしら。」
溜息を吐いて、静佳はすっかり酔い潰れてしまった後輩を眺めやる。
 成川が赴任してきたのは、静佳がちょうど結婚したばかりの頃だ。その半年後くらいからだろうか、彼は週に一度はこの店に来ては、こうしてくだを巻くようになった。
 原因はひとえに、彼の相棒の問題行動である。

 どちらかといえば堅物の成川に対して、その相棒である笠井は、刑事としても人間としてもかなり個性的――いや、はっきり言おう、変わり者の部類に入る。当然、馬が合うはずもなく、赴任当初は憤懣を露わにしては、辞めてやるとばかり言っていたものだ。
「まあ、あの頃に比べればマシか。」
相変わらず笠井の行動に振り回されていることに変わりはないらしいが、それでも成川の口から「辞める」という言葉は出なくなった。そして気付けば、誰よりも長くあの笠井と組んでいる。それだけでも充分な進歩というものだろうか。

「……ねえ、静佳さんー」
カウンターに突っ伏したままの成川が唸るような声を発した。
「水なら、そこに置いてあるよ。」
「あの人はー、何でもっと俺を信用してくれないんですかねー。」
「…………成ちゃん?」
唐突に成川の発した予想外の発言に、静佳は耳を疑う。
「俺はぁ、あの人にぃ、もっと色々頼ってほしいんですよー。なのにねぇ、あの人ときたらぁ、俺にはなーんにも言わずに、勝手に色々進めちゃうんですよー。」
ほとんど意識はないのだろう。瞼は完全に降りているし、身体は完全に弛緩している。
「……成ちゃん、利文のこと嫌いじゃなかったんだ。」
「嫌いですよー、あんな人ぉ。勝手だしぃ、やることでたらめだしー……」
成川の声が徐々にフェードアウトして、静かな呼吸音に取って代わられる。
「…………でも、刑事として間違っては、いない、と……思……」
「……寝ちゃった。それにしても……」
未だ醒めぬ驚きに目を瞠りながら、静佳は静佳に微笑んだ。
 その行動の奇抜さ故に、笠井はこれまで誰とも上手くいかなかった。誰一人、彼についていくことが出来なかったのは、彼を理解することが出来なかったからでもあるし、信じることが出来なかったからでもある。静佳はそんな後輩を案じていたが、どうすることもできなかった。
「でも、成ちゃんなら――利文とも上手くやれるかもね。」
それは、彼女の希望的観測に過ぎないかもしれない。だが、それが実現することを、静佳は心から願ってやまなかった。




日記のネタが切れてきたので、突発的に書いてみました。
予想外に長くなってしまった……。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
06 2025/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
忍者ブログ [PR]