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 ある日、血の繋がらない従兄妹ができた。
 僕が10歳のときだ。

 従兄妹の兄の方は僕と同じ歳だったから、僕らは比較的すぐに仲良くなった。
 彼は妹を何よりも大切にしていて、妹の方も兄の傍から常に離れることがなかった。それが幼い頃の僕には不思議でならなかった。今思えば、あの頃の彼らは、お互いがたった一人の肉親を失うまいと必死だったのだとわかるけれど。

 穏やかな日々が過ぎて、彼ら兄妹が前ほど同じ時間を過ごさなくなっても、心のどこか深いところで、彼らが互いに必要としあっていることは、端から見ている僕らにもよくわかった。


 だから、まさか彼が妹を置いていなくなるなんて、僕には信じられなかった。


 失踪する前夜、彼は僕の所に来て、「妹を頼む」という意味の言葉を残して去った。後で聞いたところによると、彼は弟にも似たような話をしたらしい。
 けれど、その言葉を彼の口から直に聞いてすら、僕には彼がいなくなるとは思えなかった。あれほど妹を大切にしていた彼が、彼女に何も言わず、行方をくらますとは信じられなかった。
 ようやくそれが事実なのだと腑に落ちたのは、それから数日後、兄がいなくなったと知らされた妹の、虚脱した表情を見たときだった。


 あれから12年が過ぎた。


「あれ?帰ってたんですか?」
 前を行く後姿に声を掛けると、彼女は一瞬目を見開き、それから微笑んだ。
「ついさっきね。土産があるから、後でみんなで分けるといい。」
「あ、やった。これ美味しいんですよね。」
 手渡した菓子箱を抱えて快活に笑う彼女に、あの頃の影は見られない。
 兄の失踪を知らされた日から何日も泣き続け、ようやく涙のおさまった頃、彼女はそれまでの大人しいだけの気弱な少女ではなくなっていた。
「そういえば、赤ちゃん生まれたんですって?」
「ああ、今度見においで。妻も会いたがってたから。」
「やった。じゃあ今度ぜひ伺いますね。」
 あれ以来、彼女は僕たちの前で兄のことを口にすることはない。彼女が自分の中で兄の一件をどう整理したのか、それとも整理できていないのか、僕にはわからない。
 ただ、まっすぐな目で笑う彼女に、たった一人の肉親を失って今にも壊れそうだったあの日の面影はない。辛いこともあっただろうに、それらの波をやり過ごし、彼女は今も自分の両足でしっかりと立っている。
「――元気そうで安心したよ。」
「?丈夫だけが取り柄ですから。」
きょとんとした表情で小首を傾げ、彼女は微笑んだ。
 失踪の直前、彼が僕らに託した想いは、今も確かに息づいている。


 それは彼女を影から支える、優しい願い。


 願わくば、安心して笑える穏やかな日々を、彼女に。

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